スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ポジティブシンキング

今回集中でポジティブシンキングを終えた方がいらっしゃいます。

思考は訓練でいくらでも変わります。

自分の心を内観しても全ては解決出来ないんですね。
思考は知識の積み重ねです。

その知識の中にポジティブな思考をしたことがあれば、できるのですが、
その思考を持っていない人はそのポジティブ思考ができなんです。

例えば、
ガン宣告をされました。絶望的と思い込んでしまいます。

恐怖で毎日が不安で泣き伏せている人。飲んだり夜遊びして紛らわしている人もいるかもしれません。
自殺まで考えてしまう人も。

ポジティブシンキングをするとしたらどうしますか?

まずは、死を受け入れるんです。なかなか出来ないから苦しんでいるんですけどね。
でも、残りの時間をどうやって過ごすかを考えるようにしていかないと始まらないです。

その残りを家族への感謝を精一杯伝えようとするとか、自伝書を残して行くようにするとか、
一日一日を大切に生きようという気持ちに切り替えない限り、苦しんでしまうんです。

人は誰でも死にます。

私は手術すれば、治るよという言葉は、人によりけりですが、他力本願で、説得力がないんですよね。

それより、運命は神様が掴んでいる。
自分にやり残すことがあれば、その時間を与えられるはず、

私の役目をやりきったとき、きっと、迎えが来るのだろうという気持ちになりさえすれば、
自分との闘いは無くなります。

死との闘いをするのではなくて、生き抜く為の日々を過ごすんです。
諦めなのではなくて、一日一日を大切にしていく時間を教えられたんです。

生きていてよかった、この人達がいてくれてよかった。改めてこのことに気づけてよかった。
本当に命を感謝する。

そんな時間が来たのだと思えたら、この人達に自分の出来る事は何かを考えて、
精一杯伝えよう。

その時間が来たんだということのような気がします。

そう思えてきたら、ポジティブです。

もしも、私の気持ちなんて誰も解らないわよと自暴自棄になっているとしたら、それはネガティブシンキング。
プログラミングを変えていかないと、苦しい日々を過ごす事になってしまう。

人は慰められても心は解決しないんです。
それよりも、生きていく喜びや楽しみと感謝を持たなければ、不幸な不安を持ってずっと生きて行く事になるんです。

夫のリストラも、失恋も、自分や他人、環境を責めていたら、それは、不安との闘いで疲れてしまいます。
そうではなくて、今自分に何ができるのか、何を求められているのかを理解して、やれることからやる。
という行動を起こさないといけない。

失恋で復縁を望んでいたら、彼はどう思っているんだろう?という不安が日々を苦しめているんです。
フラれたらどうしようとなります。
あがゆくば、彼からもう一度やり直そうと言って欲しいとなります。傷付かない方法だから。

しかし、現実はそう上手く行くものでもないですよね。

復縁しかないのなら、現実を見つめる為に、彼に尋ねればいいのです。

恋人でなければならないのであれば、現実をもう一度みればいい、気が済むまで、見ないと
前に進めない。そう思うように自分を持って行く事なんです。

前に進む為に、捨て身になる。そういうときも必要な気がします。

でも、彼との関係をよい関係に持っていきたいと思うなら、恋人でなくてもいいはず。

だとすれば、復縁を望むよりは、その人の関係を上手く行くように考えれば良いんです。

彼との関係を少しでもと思うのであれば、本の少しの繋がりでもいいはず。
それは、友達でもいいではないですか?片思いでも絶縁よりはいいと思えないものですか?

嫌われたらどうしよう、許してくれなかったらどうしようはネガティブなんです。
それよりも、現実を受け入れて、今の時間は無駄なんだと早く決別して、何をしたら、
前に進むのかを考える。

それには、そんな考え方があったのかという訓練が必要なんです。
知識ではなくて、考え方の訓練が必要なんです。

そんな授業でした。
スポンサーサイト

セルフヒーリング

もし、自分が不治の病で死の宣告をされたとします。
その日から、死との恐怖の闘いになります。

どうやってセルフヒーリングしていくでしょうか?

もし、ご主人が外資系のように、今日から来なくて良いよとリストラされたらどうしますか?
その日から、生活苦という恐怖との闘いになります。
まして、その人が自暴自棄になったとしたら?

どうやってご主人を支え、
どうやってセルフヒーリングしていきますか?

逃げる行為は自殺です。乗り越えるのを諦めたから。
乗り越えるには自分の心の置き場所一つですよね?

地獄だと思いつづけて生活していくのか、現実を受け入れるのかです。

簡単な事ではないので、時間がかかるかもしれませんが、兎も角最初は現実なんだと
言うことを受け入れなければ何も始まらないんです。

そのあと、自分には何ができるのかを考えれば良いんです。
目を背けていたら、苦しい気持ちとの闘いで、うつ病になってしまいます。

自分に出来る事があるとしたら、それは何?
もし、それが、家族への感謝だとしたら?それを伝えるということが、精一杯出来たら
それは希望に変わります。

もし、それが、病魔との闘いの記録(物書きに長けた人)かもしれません。
あるいは、ものを描くことが仕事だとしたら、最後の大作を作ろうでもいいです。

精一杯自分に満足できるものを残そうという気持ちに切り替われば、大切な一日となっていくんです。

リストラなら、ずっと建築業をしてきたとしたら、その建築業しか出来ないんだ、自分が選んで
好きなんだから、どんな会社でも、建築業ができればいいという気持ちになれば良いんです。

人はエゴがついて回るから、自暴自棄になるんです。
こんな建築会社じゃ嫌だ、俺は大手にして、課長まで昇ったのに、こんなちっぽけな会社で
設計図なんて描けるかよとなるから、自暴自棄になるんです。

本当に建築業が好きなら、設計図を描かせて貰えるなら、どんな待遇でもありがたい。
その仕事が続けられる。
これがぶれない心です。

みんなぶれるのは飾りが大事になってしまったからなんです。

建築という仕事がやりたかったはずなのに、そのうちに企業というレッテル
課長という肩書き、高額という給料が目的と代わり、全てエゴとなり、
そういう待遇じゃない企業に転職することにプライドが許さなくなるんです。

だから、就職先がないと嘆いたり、この歳でと言い出してしまうんです。

自分に何ができるのかをもう一度よく考えなさいと神様が与えた試練だからこそ、
リストラが人生に付いてきて、今の生き方が違っていますよと教えられていたように思います。

自分にはこれしか出来ないんだから、これをする。
私はそれを見つけられた人が本当の幸せなんだと思います。

天職はなんですか?と訊く人がいました。
自分にはこれしかできないと言うほど極めたものがない人に天職があるわけがないんです。

幼い人にそんなものがあるわけがないんです。

ならば、10年後、どんなに厳しくても、絶対に諦めないくらい好きな事は何か、
ただ、それをすれば良いんです。


待遇の文句、人のあら探しをして、出来ない言い訳をするより、
本当の自分のしたい事をとことんやり抜く人の方が筋が通っていて、素敵な人ですよね。

出来ない理由を人のせいにしている人を見ると、自分の力不足を他人のせいや待遇で誤魔化す、
魔の力だと感じます。

出来ない言い訳をするような人間は、人に言いふらしてまわっても、解る人には、そんな話に耳を傾けないことでしょう。
味方につけようとしていたのだろうけど、他人はその意図も読み取って、その人を落ちぶれたと評価していくでしょう。

ある人が一生懸命勉強して、一人で築きあげたということを認めてくれないと言う人がいました。
完成していないものに認めたら、その人は成長が止まります。

もっとも、認められるものではなかったのだと思いますが。

傲る人はそんな未完成のものに、こんなにやったと言い放ち、まだまだという気持ちが無くなっています。

その人は傲ったから、凄いでしょう?誉めてよと言いふらしてしまう。
そして認めない人を批判していく。

そうまでして認められたいという傲り。

本当に学びをしていく上での姿勢はどこまでいっても自分は未熟です。
これじゃダメですよね?という謙虚さが成長していくものです。

自分はこんなにやった。自分は出来た。子供じゃないんだから、いちいち、ずっと誉め続けている人もいないでしょう?
誇示していく段階で、その人の最高がそこまでとなってしまいました。後は落ちるだけです。

まだまだと思う人は謙虚です。もっとよいものをつくりますから、見ていて下さいという姿勢になります。
何十年やっても、その姿勢はかわらないものではないでしょうか?

そしてそういう人は、人の助けをします。

傲る人は、自分さえよければという人になるんです。自分が最高だから。
他人が困っていても、知らん顔できるんです。いや、困る事をするんです。


本当の意味で、ブレない人は、苦しまないです。

「好き」だから、なりふり構わず、それを追求します。好きだから、待遇なんて事を気にしないんです。
終わりが無いから、ここで誉めてほしいとはならないんです。

この時点で、セルフヒーリングが出来ているんですよ。不安が何もないんです。

一流企業に勤めていてたのに、待ちの設計事務所に転勤しても、人は批判しても、その人は
好きな仕事が出来ていることに幸せなんです。

そんなことも理解してあげられない人の言葉で、偏見をもって、落ちぶれたわねと言う人の方が
間違っているように思います。

もっとも、そんな批判、気にしなくなると思います。
人の評価や評判で左右されません。ぶれないから。不安が消えるんです。

だから、セルフヒーリングは人の言葉で左右されない自分を持つと言うことが基本なんです。

揺れ動く人は、人の評価や、飾りが全てだから、人の 「評価が悪いもの」 に揺れ動いてしまうんです。
自分の評判が気になって仕方ないんです。
だから、誇示したい。評判を高める為に。それは、傲りだと知らないといけないですね。


自分はどうしたいのか、どうなりたいか、この先の自分を追求していく。
そこが1番大切な部分なのに、そこが無いんです。

評判でやめるなら、その位の興味しかなかったと言うことです。気づきましょう。

ぶれない人は、これしかないんだというものを見つけられた人です。
その人が本当の幸せを見つけた人なんです。環境で、評判で、左右されるものではないんです。

10月のイベント

国際カウンセラー協会のイベントで、

私がずっと、ずっと、日本の神様はここだと信じている神社にお参りに行こうと思います。
それこそ、最高のパワースポットだと思います。祝詞を頂に行きたいですね。

まだ、観光地になっておらず、絶対に教えられない場所なので、申し訳ないですが、公開しません。

協会に入会している人のみに連絡網で、お伝えします。

そのあと、世界遺産の合掌造りに宿泊します。10名さままでですので、お申し込みを限定します。
あんまり多いとちょっとな~なので。

ホームページを作りたいと思ったのですが、アクセス制限かけてお申し込みする方法など
考えています。

金額は交通費は自己負担です。遠近の差がありますので。
宿代も1万円くらいで、協会で出すのは、舟盛りのような特別 料理や飲み物等に使う予定です。

もう、今から楽しみなんですけど~♪

卒業生の為のコース

緊急性を感じました。

今篩を掛けているという実感が湧いています。どんどん落ちているというのが現実です。

それは、特に怖いと思ったのが、「傲る気持ち」です。
全てはこれがいけないんだというのが解りました。

上級コースに入ってから、なんか偉そうになったという人いませんか?

卒業したあとから、態度が変わる人もいます。あるいは天使になったためか、
自分は他の人と違うと傲り始める。

あの人と同じレベルになったから、もういいやという傲る気持ち。

自分は、あこがれの立場になった、出世したように思われる人などがその対象です。

そういう人達は直ぐに変わるわけではありません。少しずつ変化していきます。
1年2年とかけて変わる人もいます。数ヶ月でHさんのようにがらりと変わる人もいました。

いやいや、なる程篩だけありますわ。何人も複数が落ちます。怖い位。
そしてあぶり出すように私の目の前に現れる。

そして感染していく魔の力も感じます。

そういう人も救うのが神と一致した人と思われてしまいますが、神様は篩という道具を使っている以上、棲み分けしないといけないと私は感じます。

卒業生の方はリーディングが仕上がって終わりだと思ってしまいます。
でも、現実、リーディングして貰う段階で、「あれ?」と思う人が沢山いました。

出来なくなってしまうんです。
本人は精一杯やっていると言いますが、出来なくなっている事があります。

私が確認しないと解らない結果ですよね?あるいは今でも出来ているリーダーさんに
一緒に答え合わせなどをしてわかるものでしょう?

それは、浄化や丸玉があれば、守られている訳ではないという証拠です。

私達は、直ぐそこに魔が居ることに恐怖を感じないといけないんです。

私は解っていたから、常に自分に疑問を投げては、傲らないように注意してきたつもりです。
みんなと違うなんて思ったことありません。誰にでも出来る事。
選ばれた人、霊感がある人ができるものでもありません。

だから、知らなければいけない、傲るは魔の力。

直ぐ隣の魔への誘惑に乗ってしまい、人間性という部分を麻痺させてしまうんです。
そういう人はおかしな態度になりますね。顕わになるから、私の方がびっくりします。

リーディングが折角出来る様になったのなら、その力を維持させるために新たに研究会の
コースを作りました。

自分の力に傲らないように、一生リーディングを続けて行こうと思う人に入って貰いたい
コースです。
リーディングの勉強は主に横浜で行います。

地方の方は今後地方に私がいったとき、勉強会の時間を設けます。
念に2回は最低必要ですね。半年に一回ですね。

医師になっても、学校の先生になっても、勉強会は付きものですよね。
そしてその力がいまでもあるのか、人間性として適性なのかを計る機関もあるものです。

卒業生限定のコースです。そして、まずは、自分の実力を維持する事に努めて下さい。

このコースに入らないでリーディングを続けるのは勝手ですが、私が現在でも
認めた人という事ではなくなります。それはスピリチュアルリーディングではないということになります。

まずは、国際カウンセラー協会に入って貰います。
イベントには参加自由になります。

勉強会に参加して貰います。最初に入るのは魔について徹底研究します。
仕上がっても尚も学ぶ人の為のコースです。

課題が難度になります。研究と言うだけのものに仕上げます。

魔も知らずにリーディングは完成したとは言わないですね。
今回のことで良く分かりました。

自分を魔から守る方法など沢山学んで下さい。

この辺りも重点的に説明したり、リーディングしたり、魔への脱出方法があるのかなど、
研究発表などしていけたらいいなと思いました。

この会の発端は、魔に染まらないようにする手段とします。傲らない気持ちにする為のものと、
リーディングやカウンセリングやヒーリングを続けて行く為に、自分の力を
常に維持していく努力をして欲しいと思います。

リーディングが出来る人が条件ですから、厳しいコースだと覚悟がいるかもしれませんが、
基本はリーディングが楽しく、間違いってもいいから、正しい方に修正できる会に
していきたいと思います。

そのための研究会を設けます。スピリーラボ生とします。(スピリチュアルリーディング研究会)

この会員以外、リーディングを現在でも出来るとは認められません。

例え0会員であっても、会員番号を貰っていても、認めるわけには行きません。
魔になっている人も含むからです。

従って入学時には大変申し訳ないですが、後から魔に染まったと判断した人は入る事が
できません。ご了承下さい。
魔を取ってから、会員になって貰います。取れるのか?って所ですが?

でも、卒業して直ぐにここに入るのであれば、大抵は大丈夫な筈ですが、傲る気持ちとの
闘いになるでしょう。

魔になったら、退会して貰います。すみませんが、本人に伝達します。
もっとも、変だというのは周りも解るので、私が決定するわけではないですけどね。

リーディングが出来ているかの不安もない人は、いないはず。

その不安を解消する場所です。よろしくお願い致します。

まずは、個別レッスンなので、ご予約お申し込みして頂くことになります。
勿論任意ですが、最低半年に1回はレッスンしましょうね。

最低限です。毎月いらして貰ってもいいし、方法はいくらでもいいです。

みんな集合する場所も儲けてリーディング大会は是非やっていきたいですね。


これも篩なんでしょうね。それで良いと思います。この境目がないといけないだと思いました。
入りたくない人はリーディングをしなくなるでしょう。道が違うのです。

子供の反抗

私は子供が3人居ます。まあ、苦労しました。自慢じゃないけど(^^)

今だから笑い話にもなりますが、子供の頃は可愛かったと思います。

この間、凄い剣幕で大騒ぎしている女の子でした。何せ声が大きい。

親はと見ると、なーに?どうしたいの?と声をかけているけど、子供は思い通りにしない親に
泣いて、騒いで、ひっくり返って怒っている・・・親を完全にバカにしているんだと思いました。

こんなとき、人の迷惑になると言うことが解らないのか?と親や子を怒る人もいますね。

子供は反抗しているんです。反抗を逆手にとって、「もっとやれ」としたら、子供は
途端に反抗を止めるというデーターがあります。

反抗ですから、嫌がる事をして、困らせているわけですよね?
だから、逆に喜ばせるんです。調子狂っちゃって、つまらなくなるんです。

「あら、ひっくり返り方が上手ね~、もっとやってみて~」と言ってみたらどうだろう?
本人は反抗を肯定したことに、目的は達成されたことになるので、止めるのです。

これを二重拘束という治療法の名前がついていて、家族コミュニケーションでも使われています。

10月から内容が変更

内容が10月の後期から大幅に変わります。

時間数、料金など。

内容がかわった時点で、ホームページの更新をしていきます。

資料の方も更新した内容をお送り致しますので、よろしくお願い致します。

カウンセリングをしていて

カウンセリングをしてきて、一番思う事は、ボキャブラリーが必要だと言うことです。

リーディングが出来るだけでは不十分なんですね。

悩みを伺っていても、ご自身の言いたい事をきちんと伝えられる人ばかりではありません。
まして、自分の気持ちが解らない人も沢山いらっしゃるんです。

そういうとき、こちらから代弁してあげられるという配慮が必要になります。
そのことに気づいていなかったという事を気づかせてあげられるのがリーディングなのですが、
こちらに言葉の知識がないとその代弁がままならないわけです。

私がキャリアコンサルティングを設けた理由は、そのボキャブラリーの不足を補うために、知識を
つけて欲しかったのです。

例えば喧嘩ばかりしている夫婦があったら、喧嘩しないようになれないかとか・・・
大抵はイライラしてしまうという言い方になります。相手の○○がカチンと来るとか・・・。

こういうストレスの中に、もっと深い部分が隠されていて、その○○を見たくない原因がどこかにあるわけです。
その部分に焦点を当てなければ、怒らないようにしましょうという、誰にでも答えられる知識で話が終わってしまいます。
リラクゼーションしましょうとか・・・
それでは、カウンセリングとは言わないからです。

リーディング、クライアントが言わんとしていない部分を読み込んでいきます。
そういうことかと理解してから、そしてキャリアコンサルティングという知識を元にして、わかりやすくお話して差し上げる。

間違いなのは、自分の持っている経験知識を並べているだけで、確かに人生経験が豊富で
その知識あるのならいいのですが、カウンセリングに不安になるのは、その知識が足らないからではないでしょうか?

キャリアコンサルティングは心理学をベースとしていて、自分と社会とを向き合わせて、何が自分に出来るかを
見つけるのであって、
 「自分を知る」
という方法をとります。客観視する自分になるわけです。
それが出来る様になることは、カウンセリングでも同じだからです。

心を客観視するという方法をとっています。

それには、ある程度の知識がないと出来ません。言葉が出てこないのです。子供と同じです。言語を知らないために
うまく伝達できないのと。

ブログでも書いているように知識がないと、間違った自分の意見を言ってしまい、
知識がない人の話で、終わり、お金を頂くほどの結果に結びつかなかったという方向になりかねないわけです。

リーディングだけが出来るじゃ、カウンセリングは多分自分に自信が持てないと思います。

キャリアカウンセリングで、なくても良いのです。客観視出来ること、こちらの説明がしっかり出来る事が
基本なわけで、知識さえあれば、ボキャブラリーがあります。自分の偏見を言うカウンセリングが避けられれば
良いのです。

一応、お知らせしようと思うのですが、就職活動にと思って、キャリアコンサルティングを入れたわけではありません。。

言語知識を得るためにキャリアカウンセリングというコースを入れたのです。
なので、今は何もキャリアコンサルティングコースという名前でなくてもいいのかと思い、近々名前を変更しようと
思います。

そして、リーディングが出来て、尚かつ言語が伴い、両方が備わった人材が、育つように、今は試行錯誤しています。
これからは新たなカウンセリングで、自分への悩みの解決にもなるのではないでしょうか。
そんな方法が生まれたらいいなと考えています。

自分を知ると言うことが一番難しい。
人の事が解らないと自分も解らないんです。悩みって相手があっての悩みです。
その相手の事を知る。そして自分も知る。

その上で、これからの自分のやるべき所を考えていく。
悩みの解決はここまで追いかけなければならないものだと思います。

部分強化

賭け事が止められないという人がいますね。 

何故止められないか、部分強化が行われていたからです。

オペラント条件付けというのを心理学を学んだことがある人は必ず出て来る言葉なので、ご存じでしょう。
私の時代ですら習ってましたので。

早い話がこれは、報酬が得られる方法を学ぶ、あるいは、不快を避けられることを学ぶ、
それを行うと満たされるという学習をしていく、その方法の事をオペラント条件と言います。

その学習には満たされる事の条件が連続に起こる連続強化、と時々起こる部分強化があります。

その賭け事をやめて貰いたいのに、止められないのは、部分強化だからです。

その理由です。
賭け事をして勝つは、毎回ではありません。時々です。要するに連続して賭ければ、勝利間違い無しというのが、連続強化。
何回か賭けて、時々勝つというのが、部分強化なのです。

そのあと、全く満足報酬がなくなったとします。要するに負け続けて、絶対に勝たないという条件をつけます。
早く止めるのはどっち・・・
それは、連続強化をした方なんです。

毎回勝ち続けていた人が、途端に絶対に勝たないという事が繰り返されると、止めたと思う気持ちに早く起こります。
しかし、部分強化の人は連続強化する人より、執着が続くというのです。

なる程、賭け事は連続して勝ち続ける事は不可能ですものね。

勝ったり負けたりしていただけに、次は勝つかもと、期待を持ってしまうのでしょう。

オペラント条件が定着してしまった人は、止められなくなる・・・
報酬がお金ですからね。危険な罠ですね。

個性

先日、ある小学生の教育者とお話をする事がありました。

子供の個性というお話になったとき、面白いなと思うことがありました。

仲良しが出来る事はいいことだけど、そうでなければいけないと決めてしまう大人がいる。そのために
子供の個性が壊れて、一人でいると変人扱いにされ、本人の人格にゆがみが出るというのです。
これは、海外の教育者が伝えている事らしいです。

本当に説得力があるお話だと思います。

私には子供がいますが、長女が次女を変わっている、学校に一人で行くヤツなんて見たことないと
次女の事を言っていたことがありました。

次女に言わせると、新学期になると1週間班登校があるのですが、それを凄く面倒だと言っている子供です。
マイペースとはこのことだと思いました。
負け惜しみでもなく、友達がいないわけでもないんです。

でも、一般という視線なのかわからないですが、友達がいないんじゃないか、変わっているんじゃないかと
詮索して、友達と仲良く一緒にいないとと、あるお母さんは、うちの子供と遊んであげて、一緒に学校へ
行ってあげてと声を掛けている人を見掛けたこともあります。

協調性という言葉に置き換えられてしまうけど、本人は全く違う次元なのです。
友達とくっついて歩くのが好きではないんです。

彼女は、そうしたいから、している。

それだけの事なのに、間違っていると線を引く他人の目があるのです。変わっているという目で
本人は傷付くんですね。

そして、変わった人と言われないようにと、自分の気持ちに無視して人の視線を気にするようになり、
本来の自分らしさを殺す事が正しいとなってしまう。

ゆがんだ人格を作ろうとしてしまう、集団社会の問題点もここにあるのかもしれない。
何に否定されているのか解らない。だから、その基準は他人の目。人と同じにしていないと
変わり者として扱われ、否定されてしまうという認識を作ってしまうのでしょう。

気を付けないとと改めて思いました。
しかし、本当に彼女はマイペースで、好きな英語はどんどん身に付く。2ヶ月で小学生の上級者クラスに
入った。

全く英語を習ったことがない娘が、本を読ませると、教科書最後まで教えていないのに読める。
いくつか難しい単語があったが、勘で読んでしまうのだ。

長女で苦労した私に取っては奇跡に近い。スペルも綺麗に書くしで、本当に英語は心配ないのに、
それに比べて、国語がいけない。

漢字テストは間違いだらけで、全く練習する気もない。
読む本もミステリー小説で、大人の本である。ふりがなも付いていない本。

さぞ、ひらがなしか読んでいないんだろうと思っているのだが、児童推奨本など見向きもしない。
塾では感想文を毎月書かせるのですが、全く読んでいないので、昨日面談で、どういう姿勢なのかと
散々言われてしまいました。

どんな本を読んでも良いじゃないとどうしてしてくれないんだろう?
推奨された本じゃなきゃいけないとする塾に少しメスを入れたいと思った程です。
彼女の読書意欲を消してしまう結果になると何故思わないんだろう?

読まない理由に、楽しみがないんですよね、本や勉強に。これも教えていかなければならない課題ですが。

本人の個性と合わせた教育、指導・・・これは学校じゃ無理なんだというのを教育者の人と話をして
思い知りました。

集団という単位も、こんな事が出来るという発見があるのと同時に、こんな風になってしまうんだという
欠点もちゃんと理解して、親は、補わないといけないですよね。

その親の補う部分の教育が不足しているような気がします。

内発的動機付け

難しい言葉で言われていますが、したいという欲求の根源は何かということです。

達成動機づけ、外発的動機づけとその他にもあるのですが、人は勉強も仕事もなかなか面白みを見つける事ができません。
だから、やりたくなくなるんです。

そのやりたくないをやらせる場合の改善に報酬があります。その報酬がお給料だったりします。
あるいは、誉められるから、または、叱られるから、子供は親が怖いから怒られないようにします。

すると、嫌でも、やれば、アメ玉が貰えるからやろうという気持ちになります。親に叱られないように
誤魔化したりしながらも、机に向かうことでしょう。

でも、勉強が楽しいと思ったらどうでしょう? 叱られるというイヤイヤするのではなくて、自分からしたいとなったら。
やりたくなるんですよ。自発的に。

誉められたい、チヤホヤされたいという欲求からだと、されなかったときに、不満が出ます。
やる気が起きない。

褒めちぎれという親へのすすめの本を読んだことがありますが、それは、一時的な環境であって、
他律的動機なので、達成感という経験があるかないかの方が重要なんです。

お給料という目先や他人の視線から始めのではなくて、この仕事がしたかったんだとなれば、
報酬の多さ低さでなくなりますね。

ある実験報告があります。
好きな事をさせているとき、報酬があるとやる気を失い、難しい作業、面倒な作業の時、報酬がある方がやるという
報告でした。

昔、ニュースグループというコミュティーをやっていた時代がありました。
15年以上前位ですかね。outlookexpressのニュースというやつです。
その時に知り合った人の話を思いだします。

サポートするのが趣味でそれこそ空いた時間に困った人へボランティアで返信して助けていた人がいました。
その人にお仕事にしたらいいのに。と話した事があります。

すると、その人は、「やだ~、やらされ感があると、やりたくなくなるんだよ。自由な気持ちで自由な時間に
アクセスできるかそれでいいの」と。

へ~変わった人だと当時思っていたものですが、まさに報酬は意欲を減らす事があるという証明のような
ものですね。

労働意欲は資金の多寡によって決定されるものではなくて、達成感であるというのです。
仕事そのものへの魅力、仕事への責任がやる気を駆り立てる。これが内発的動機といいます。

不満は実は給料だったり、経営の仕方だったり、対人関係だったりと環境的な事が問題だと考えられます。
満足にするには、不満から満足へという欲求と関連していて、不満の解消は短期間の環境改善を繰り返す事で
仕事が続いているということになります。

だから、不満→満足→不満の繰り返しになります。

しかし、強い達成感があった場合、満足と結びついて、積極的に仕事に動機づけられるのです。
問題は、不満から回避を繰り返すのではなくて、自発的な動機をもたらせる事が必要なのです。
報酬以上の自分の立ち位置が見つかったということになります。

賃金や人間関係の改善は一時的な動機付けにしかならず、少しの不満で辞めたいとなります。

これは勉強も全て当てはまりますね。解けない、解らないという不満は常にサボりたい、辞めたいという欲求と
結びついてしまいます。他律的な動機付けだから揺るいでしまうです。

やっとやる気になったのに、やっぱりダメだね、だって、あの人が・・・
だって・・・問題が難しいんだもの。自分に出来るわけがない。
だって・・・自分には無理なんだよ。ハードルが高いんだよ。
だって・・・時間が無いんだよ。
言い訳が全て、本人の心と結びついていないんです。

全て他律的なせいにしていて、自分がグラグラだと指摘していないですよね?

内発的動機になっていないということです。
内発的になれば、どんな事があっても、それがやりたいとなるんです。
でも、そこまでにならないのであれば、やらされている感で行っているのです。

ハーツバーグは環境の改善に力を注いでも、報酬や叱るという方法で人はやる気を持続させられないと
いう報告をしています。

報酬は「やらされている」感という過去経験との関連が結びついているというのです。
ここの不満と満足を求めているとしたら、自分の活動が他律的原因が発端なのです。

内発的動機は自己決定であり、自己の環境においた基本的欲求なのです。自らの光が点る時、
自分の有能性、効果性から、自発的へと発展していきます。

勉強が好きな人はこの達成感をあじわった人達です。勉強したくなるんです。強い達成感という欲求が
自発的だからです。お金じゃなくて、誉められるからじゃなくて。

塾でもやる気を出させるというコマーシャルがありますが。その「やる気」は、強い達成感という体験を
満足情緒と結びつけて、楽しみを見いだし、意欲を出させていくという動機付けをさせる事なのですが、
理論通りの塾かは入っていないので解りませんが(^^)
プロフィール

管理人:はすな

Author:管理人:はすな
誰かに助けて貰う為にこのスクールを求めて欲しくないんです。
自分で立ち上がる勇気にして欲しいです。

もっと心を知るのに知識が必要だと思う方、
この次元以外の部分からも理解したいと思う方、
両方を取り入れたスクールです。

❤❤❤http://try-cs.jp/ ❤❤❤

蝶が舞うリースの時計
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
心と身体
2490位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
メンタルヘルス
395位
アクセスランキングを見る>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。